先日、テレビで、ある親子の話がありました。
母子家庭ながらも、明るく仲良く過ごしていた母と娘(小学生)。
しかし、ある時から、子供さんの態度が変わった(冷めた)とのことで、お母さんが気にされているという内容でした。
しかし、その子供さんは、心の中では母親のことを誰よりも尊敬し、宝物だと思っているというお話でした。
その番組を観ていて、子供がクスクスと肩を揺らしながら笑っていました。
その姿を後方から眺めていた私は、”うちの子もきっと同じなんだろうな。”と思いつつ、「もしかして、この子と同じ気持ち?」と聞いてみました。
子供は、振り返りながら、「うん!」と。
「へ〜、お母さんが宝物!?」と聞き返すと、「うん。そう!」と。
ビックリです。
毎日毎日、同じ事で怒られてばかりの子供。
その上、経済的な理由で、子供の行動や生活を規制するような節約生活。
しかも、働くこともできず、家でゴロゴロしているだけの母親・・・。
家事もまともにできなくなるほど寝込むことの多い母親・・・。
授業参観にさえ、参加してやれない母親・・・。
そんなダメ母の私を、子供は『母親』と認め、受け入れ、『宝物』とまで・・・。
数年前まで、子供は、「結婚しない。ずっとお母さんと一緒に暮らす!」と言っていました。
ここ数年は、「私が働いて家を建てたら、一緒に住んでくれる?」と言います。
「冗談じゃない!早く一人暮らしして!」とキッパリ断っています。
早く、私の手元から離れて欲しい・・・。これが私の本心です。
ただ、私の元から離す前に、しっかりと『一般常識』を身につけさせなければ!と・・・。
我が子は、赤ちゃんの頃から、とにかく物凄いキャラの強い子供でしたから、一人で子育て・仕事・家事をこなす毎日の生活は、精神的にズタズタで、クタクタでした。
家族や知人からは、「どこからこんなスゴイ子が生まれて来たの!?」と驚かれるほどのキャラでした。
子供のことで悩み、落ち込み、打ちのめされ、隠れて泣いたことがどれほどあったでしょう・・・。
そして、成長していくうちに、この子は『
ADHD』(注意欠陥多動性症候群)なのでは?という疑問が湧いてきて、本を読み漁りました。
1.よくそわそわしたり、身体を動かしたりする。
2.「座っていなさい」といわれても、よく席を立つ。
3.ふさわしくない場所で、走り回ったり何かの上にのぼったりする。
4.静かな遊びや、静かな作業に従事するのが困難だ。
5.絶えず動いていて、モーターがついているようだ。
6.過度のおしゃべりを続ける。
7.出し抜けに、早まった答えを言う。
8.順番を待つのが困難だ。
9.よくほかの人の話しをさえぎったり、会話に割り込んだりする。
見事に、全てに当てはまっていました。
読めば読むほど、そうかもしれない・・・。そう思うようになり、悩んだ挙句、受診してみました。
子供が小学2年くらいの時でした。
受診といっても、子供に対しては、ごく普通の会話のやりとりをするだけです。
そして、先生と私が詳しく話をしたわけですが・・・。
「こうして、お母さんと私が話している間、ずっと椅子に座っていられるから、多分違うでしょう。ADHDや自閉症の子の場合は、この間でさえ、机の上のものを触りまわったり、床に座ったり這いまわったり、走ったり、騒いだり、とにかくじっとしていないのが特徴ですから。」と言われました。
そして、「しばらく時間をかけて様子を見て、やはりおかしい、心配だという時は、専門の外来を紹介します。」と・・・。
一応、ADHDの疑いは晴れたものの、私の心の中はスッキリしないままでした。
それから数年・・・。
成長と共に、少しは落ち着いてきた感じがしていましたが、それでも、明らかに他の子達とは違うのです。
個性といえば個性ですが、日常生活に支障をきたす、私の精神状態をズタズタにするという点では、昔と全く変わりはありません。
今度は、もしかして、『
インディゴチルドレン』?と思いました。
今度はネットで調べまくりでした。
でも・・・、なんだか違うのです。
説明を読んでも、チェック項目を確認しても、我が子にはしっくりこない。
確かに、破壊型のタイプではあるけれど・・・。
そして行き着いたのが、『
ADD』(注意欠陥障害)でした。
1.細部に注意を払う事が殆どなく、軽率な間違いをおかす。
2.注意力を働かせるのが困難だ。
3.話し掛けられても、耳を傾けない。
4.最後までやり遂げたり、作業を終わらせる事ができない。
5.生理整頓をするのが難しい。
6.精神的な努力や集中力の持続が要求される仕事を避ける。
7.学校や、日常に必要なものをよくなくす。
8.すぐに気が散る。
9.日常の行動を、よく忘れる。
見事に、チェック項目全て○です!
今の子供の生活状況、性格はADDそのものです。
これでようやく納得できた気がします。
ADHDもADDも小学校就学前まではかなりの頻度で見られるそうですが、7歳を過ぎても症状が6ヶ月以上続くようであれば、その可能性が高いのです。
我が子は、ADHD症状が年齢と共に和らぎ、現在はADDにまで落ち着いたという感じがします。
幼い頃から、一緒に買い物に行くと、毎回、いつの間にか姿が消えていました。
どれだけ気を付けていても、ふと気付くと、子供の姿が消えているのです。
しかも、手を繋ぐのを嫌がり、「危ないから!」と無理に手を握っても、ゴニョゴニョさせて、見事に抜き取るのです。
そして、長い商店街のどこかのお店で、ハチャメチャなことをやっているのです。
どこのお店にいるのか、私には見当もつきません・・・。
買い物どころか、子供探しとお詫びの繰り返しです。
大きなショッピングセンターでは、迷子になると、私を呼び出す放送を、子供自らが店員さんに頼んでいました。
そんなことが毎回の買い物は、私にとって楽しみではなく、まさに子供との闘いでした。
逃がすものか!見逃すものか!と・・・。
動物園に連れて行ったときには、呆気に取られました。
1つの動物を見るのは2〜3秒。次から次へと対象を変えていき、走り回って見て行くのです。
さすがについていけません・・・。
こんな日常でしたから、精神的に疲れるはずですよね。
そんな我が子も、託児所はとっても楽しい場所だったようで、友達ともたくさん遊び、先生たちにも可愛がっていただけました。
友達に対する優しさは、誰にも負けないんじゃないか?と思う程の子でしたから。
幼稚園の頃、担任の先生に言われました。
「教室で何かしていても、一人でパ〜ッと園庭に出て行って遊んだり、絵を描く時間が終わって、皆は着替えて体育をしているのに、「まだ絵を描くの!」と言って一人で絵を描いていたりしてます。1つのことに関する集中力は凄いです。」と。
確かに、入園式で、突然姿が消えたことも。
気付くと、園舎の2階から園庭へ降りれるようになっている滑り台で遊んでいました。
”いつの間に、どこから入っていったんだ!?”と度肝を抜かれる私でした。
そして、私の精神ををズタズタにする存在でありながらも、どこかしっかりした子でした。
鬱状態が悪化し、寝たきりになった時(子供は幼稚園生)、台所で卵を割る音がしました。
寝たまま、「何してるんっ!?」と大声を出すと、「お母さんに卵焼作ってあげようと思って。」という答えが返ってきました。
卵焼など作ったこともないのに、動けず、眠れず、食べれずの私のために、子供の精一杯の愛情表現でした。
それさえも、鬱状態の私には、”台所を汚される”、”食材を無駄にされる”、”火傷でもしたら大変!”という思いから叱り付けてしまったのですが・・・。これは本当に反省しています。
そして今、私が動けない時、何も考えられず料理が出来ない時、それを察したかのように、子供は何も言わずに料理をしてくれます。
何気なく、フラ〜ッと私のいる部屋に来て、何事も無かったかのように自室に姿を消すことがよくありますが、これも、『私の存在』を確かめに来ているのだとか・・・。
(これは、上に書いたテレビの中の子供さんも同じ行動をしていて、子供はテレビを観ながらクスクス笑っていました。)
そして、思春期の難しい年頃ですが、私に相談をしてくることはあっても、反抗したり、不満や文句を言うことはありません。
食事やお弁当が作れなくても、授業参観に行けなくても・・・。
”子供の魂は、きっと輝いているんだろうな。純粋なんだろうな。”
日々、そう感じています。
たとえ、我が子がADDだとしてもいいんです。
子供が、子供らしく生きてくれたら、それで十分です。
ただ、世間の常識を受け入れ、理解できるようにして社会に送り出さなければ。
では、私にとっての『宝物』は?
残念ながら、子供ではありません。
普通の親なら、「私の宝物は子供!」と言われるでしょう。
でも、私にとってこの子は、『人生の課題』なんです。
どう関わっていくか、どういう関係になれるのか、どうやれば一般常識を理解してもらえるのか・・・。
常に、私の課題です。
この子が私の子供として生まれてきてから、そして、これからも・・・。
そして私は、こうして、子供から学ばせてもらっているのです。
私にとっての宝物は、まだ見つかっていません。
後々、それが『子供』になるかもしれませんし、『子供との親子関係』になるのかもしれませんし、はたまた、全く別のものになるのかもしれません。
子供には申し訳ないけれど、母として、親として失格だけれども、今現在、自分の宝物がわからない分、今後を楽しみにしておこうと思います。
いつか、その宝物を子供と2人で分かち合える日がきますように・・・。
光り輝く、素敵な宝物を見つけられますように・・・。
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